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死刑なんてもうやめましょう

先日1年8ヶ月ぶりに死刑が執行されました。

死刑を命じた法相の小川敏夫は判事、検事、弁護士、参院議員と
節操もなく渡り歩いた国家権力主義者です。


彼は国会の議場で審議中に携帯で競馬サイトに熱中していた事を
一部メディアで報道されたような不埒な男であり、そんな男の
判断により死刑判決確定の順番によるルールなども無く
3人が首をくくられて殺される。


私も大いに期待した民主党政権が実は自民党と変わる事なく、
人権に対しては無頓着な政党である事も分かり、私の民主党への
期待も「もはやこれまで!」

日本の政治も『後は野となれ山となれ』てな心境です。

今回のブログでは改めて何故死刑制度は廃止すべきなのかを
列挙したい。


(1)正義の名の下に人が人を殺して良い筈もない。

こんな簡単なことも解らない程に日本人はバカなのか。

あと50年もしたら日本人も『死刑だなんてよくもあんな

バカなことをしていたもんだ』と気が付くことであろう。

だったら今すぐに気が付いてやめるべきである。


(2)被害者家族の感情を考慮すると死刑もやむを得ない!?

まるで江戸時代の「仇討ち」である。

当時は武士の面目を保つ為に行われていた「合法仇討ち」ではあるが、

今の時代にそんなことが許される筈もなかろう。

被害者家族の恨みという暗黒面の感情を晴らしたいと

言うのなら自らの手を汚して自分で実行しなさい。

私達を代表する国が代行して殺人をする必要はない。


(3)命を奪ったものは命をもって償うべきである!?

それでは人を包丁で刺し殺した者には同じように包丁で死刑にするのか。

「論外である」


(4)冤罪の死刑を完全に防げるのか?

古今東西人類の長い歴史の中で冤罪で死刑に成った人間は

ゆうに一億人を越えるであろう。

今後ともいわゆる「魔女裁判」は絶対に無くならない。

取調べの可視化、代用監獄の廃止も遅々として進まない

日本において、オービスの冤罪どころかこれからも

冤罪はあってはならない事として警察、検察、裁判官の

手によって彼らの都合により次々と生み出されることであろう。


(5)死刑を廃止すれば凶悪事件が増える!?

欧州の例を見ても死刑を廃止したからといって凶悪事件が増えた例はない。

そもそも犯罪を犯す者は初めから捕まるなどとは思っていない。

今や警察の能力も地に落ち、犯罪検挙率は20%前後。

そして事件を警察に届けるケースは4件に1件といわれている。

つまり犯罪を犯しても捕まるのは20人に1人ということなのである。


(6)日本の死刑の方法は実に残酷である。

一部の保守的な州に死刑制度の残る米国では死刑執行の日は

あらかじめ死刑囚や国民に知らされており、死刑囚は

その日の為に覚悟を決め?死刑執行の前には家族との面会も許され、

死刑囚に対する最低限の人間性の尊重が配慮されている。


また薬物により肉体的な苦痛を軽減された執行現場は

死刑囚の家族、被害者の家族に公開されている。

しかし死刑囚の死を目のあたりで体験した関係者の中に

「これで解決した」と結論づける者は多くはない。

皆それぞれが何かやり切れない気持ちを残してしまうのは

人としてせめてもの想いであろう。


薬物による死刑はあの死刑超大国の中国でもすでに取り入れられ、

絞首刑という最後の最後まで肉体を苦しめる手法も日本では健在である。


そして私が一番に日本人の内に秘めた残虐性を表している

と思うのが死刑執行の告知の方法である。

死刑囚への死刑執行の告知はその日の朝に告げられる。

死刑囚房の前の廊下を毎朝コツコツコツと足音を立てて通り過ぎる刑務官。

万一この足音が自分の房の前で止まるようなことがあれば、

その数時間後には確実に首をくくられて殺される。


毎日毎日祈るような気持ちでこの足音を聞く死刑囚。

その死刑囚の中には毎日続く大きなストレスにより

わずか数ヶ月で髪の毛が全部真っ白になってしまう者もいる。

たとえ一晩たりとも安心して寝かせない。

何とも恐ろしい人間性を無視した私達日本人のシステムであろうか。


その為もあってか、刑事訴訟法には死刑の執行は刑の確定から

半年以内と定められているにもかかわらず、

執行までの期間は平均6年前後との違法行為を実践している。

本当は誰しもが、死刑など実施したくないのであろう。

「だったら止めなさい」


早く終身刑などの新しい制度を導入して

「死刑など止めなさい」

死刑制度を容認する過半の愚かな日本人は、

もういい加減にこの事に気が付くべきだと思う。